コラム「人間と生活環境」 第6回 『寒暑の感覚と視覚・聴覚』

No.6 2021年1月

松原 斎樹(京都府立大学)

 暖色、寒色という言葉があるように、同じ温度でもより暖かく感じたり、涼しく感じたりする現象はよく知られています。みなさんも、日常生活の中でも感じておられると思います。この現象は、20世紀初頭から、いろいろな研究者が実験をおこなったのですが、必ずしも実証できていませんでした。30年以上前のことですが、私たちは、『色彩の効果は,中立よりもやや暑い(寒い)環境の方が、明確に示されるだろう』と考えて、やや暑い(寒い)温度条件を設定して実験をしてみました。その結果、寒くて不快な温度条件では、周囲が暖色(オレンジ)のカーテンの中にいると、より暖かい側に感じること、また、暑くて不快な温度条件では、周囲が寒色(ブルー)のカーテンの中にいることで、より涼しい側に感じることを示すことができました。さらに、『人は無意識のうちに、暑い(寒い)と感じるときには寒色(暖色)を見る』のではないかと考えて、別の実験をしました。3種類の温度(23℃、27℃、31℃)の実験室内で、住宅居間(インテリア)の画像を、パソコンのモニターに左右に二つ(壁の色が一方はオレンジ、他方はブルー)並べて示し、どちらの画像を見ているかを測定したのです。その結果、「暑い」側に感じるときには、壁が寒色(ブルー)の画像をより長時間みていますし、「寒い」側に感じるときには、壁が暖色(オレンジ)の画像をより長くみており、予想通りでした。

 以上は色の効果ですが、似たような現象として、暑い時に、川や池、滝を見たり、風鈴の音を聞くことでも涼しく感じることがありますよね。例えば、「花鳥風月」「雪月花」などという言葉があるように、日本人は感覚が繊細で、季節の変化やそれに伴う自然現象に敏感で、自然現象を心地よいと感じてきた歴史があるようです。例えば、「池の蓮をみやるのみぞ、いと涼しき心地する」(池の蓮を見渡す景色だけは、とても涼しい感じがする)(枕草子、32段)という記述があります。目で見えるもの、耳に聞こえる音に注意が向いて、涼しく(暖かく)感じるということは、平安時代から知られていたようです。このことは、暑さが厳しくないときには、省エネルギー的に心地よく暮らす知恵と言えます。しかし、視覚や聴覚に注意が向くことにより、寒暑の感覚が鈍る現象は、必ずしも良いことばかりではありません。例えば、近年の夏はとても暑くて、熱中症の発症が増えています。重大な被害を防ぐためには、早めに水を飲む、涼しい場所に移動する、冷房するなどの対策が必要です。熱中症の発症が予想される時には、視覚や聴覚によって涼しいと錯覚するのは危険なので、自分の感覚に頼らずに、温度をチェックして早めに対策をしましょう。健康的な生活環境のあり方を考える上では、この現象のメリットとデメリットを知って、健康的かつ省エネルギー的に、賢く暮らしましょう。

【参考文献】

  1. 伊藤香苗,松原斎樹,藏澄美仁,合掌顕,長野和雄,鳴海大典1995:色彩が室内印象および温冷感に及ぼす影響 〜色彩暴露下における心理・生理反応について〜,第19回人間-生活環境系シンポジウム報告集,82/85.
  2. 松原斎樹,伊藤香苗,藏澄美仁,合掌顕,長野和雄 2000:色彩と室温の複合環境に対する特異的及び非特異的評価,日本建築学会計画系論文集,65(535),39/45.
  3. 坂本英彦,松原斎樹,藏澄美仁,合掌顕,土川忠浩2007:眼球運動測定装置を用いたhue-heat 説の検討 ―室温・色彩からなる複合環境が人の注視行動に与える影響その1―,日本建築学会計画系論文集,72(615),9/14.
  4. 松原斎樹,青木祐樹,坂本英彦,合掌顕,藏澄美仁,飛田国人,小東敬典2007:温熱要因と聴覚要因が色彩の注視に与える影響 色彩・室温からなる複合環境が人の注視行動に与える影響 その2,人間と生活環境,14(2), 63/68.
  5. 松原斎樹,合掌顕,藏澄美仁,澤島智明,大和義昭2004:視覚刺激と聴覚刺激が温熱感覚にもたらす心理的効果,日本生気象学会雑誌,40(特別号), 249/259.6.堀越哲美 1997:地球環境に求められる快適性,(大野秀夫他著:快適環境の科学,181)

イラスト:浦川 京子