コラム「人間と生活環境」 第29回 『子供にとって快適な保育室内環境とは? ~保育室内環境のモニタリングの必要性~』

Vol.29 2023年5月

源城 かほり(長崎大学)

 保育園バスの中で幼い子供が取り残され、熱中症で命を落とす事故が残念ながら後を絶ちません。それを受けて、2023年4月から、全国の幼稚園、保育所、認定こども園を対象に、送迎バスの置き去り防止システムとしてブザーの設置が義務付けられました。ブザーを設置するというハード面での対策のみでは万全とは言えず、運用に関するソフト面での対策も必要でしょう。ですが、子どもたちが過ごすのはもちろん送迎バスの中だけではありません。実際に保育室で子供が過ごす時間は長い時には8時間超にも及びます。学校の教室環境には学校環境衛生基準が定められているのに対し、保育施設には長い間、何ら室内環境基準が定められてこないまま運用されてきました。そもそもわが国は、子供の命を守るために必要な環境整備をないがしろにしてきてはいないでしょうか?保育施設に通う子供たちはまだ身長が低く、大人とは異なる高さで長い時間を過ごします。とりわけ、乳幼児は体温調節が未熟で、自ら暑さ寒さを訴えることができず、大人のケアが不可欠です。

 そのため、保育施設においては、保育士が乳幼児の様子を見ながら環境調節をしているのが通例です。コロナ禍以前は、主としてインフルエンザやノロウイルスの感染防止対策が重要視され、2018年に「保育所における感染症対策ガイドライン」が厚生労働省より初めて発出されました。このガイドラインの中で、保育室の温度について、夏は26~28℃、冬は20~23℃、相対湿度は60%という具体的な温湿度の目安が示されたことは、保育室内環境を整備する上で大きな一歩です。しかしながら、海外では保育室内環境に対する法の整備が日本よりも進んでおり、例えばイギリスでは5歳以下の子供に対する基準値として、暖房期間の作用温度が25℃に定められているなど、きめ細やかに配慮されています。

 一方、新型コロナウイルス感染防止のために、ソーシャルディスタンスを取ることやマスクの着用が難しい乳幼児が過ごす保育室では、手指消毒や換気が主要な対策と言えます。学校環境衛生基準では換気の目安として、室内二酸化炭素濃度の基準値が1500 ppmと定められていますが、先述の感染症対策ガイドラインでは換気に関する基準値がまだ示されていません。保育室の空気環境についても、目安となる二酸化炭素濃度等の基準値が必要でしょう。筆者の経験上、保育室に温湿度計はほぼ設置してあっても、二酸化炭素濃度計が設置されているのをこれまでに見かけたことがありません。少子高齢化が進む日本において、保育室内環境のモニタリングシステムを設置し、実際の温湿度や二酸化炭素濃度を見ながら子どもにとって適切に調整していくなど、建築環境工学の視点を取り入れて、もっと抜本的に取り組んでいく必要がありそうです。

【参考文献】

  1. Kahori Genjo 2022: Assessment of Indoor Climate for Infants in Nursery School Classrooms in Mild Climatic Areas in Japan, Buildings, 12(7), 1054.
  2.  源城かほり 2018:温暖地の保育所における室内環境の実態把握,第42回人間-生活環境系シンポジウム報告集,187/190.

イラスト:石松 丈佳(名古屋工業大学)、久米 孝典(名古屋工業大学)