コラム「人間と生活環境」 第8回 『「服装で上手に調節してください」の理由(わけ)』

No.8 2021年4月

深沢 太香子(京都教育大学)

 膨らみ始めた桜の蕾を見かけるようになりました。春はもうそこにやって来ていることを感じながらも、冬に逆戻りしたり、朝晩の冷え込みが強かったり・・・。このような1日の気温差が大きい時期になると、ニュースの気象情報では、「服装で上手に調節してください。」と呼び掛けます。なぜ、服装で、と言われるのでしょうか?

 私たちが着ている衣服中に占める繊維の割合は、僅か10〜30%で、残りの70〜90%を空気が占めています。衣服はほとんどが空気なので、衣服を着ることは、空気を身に纏うこととも言い換えられるでしょう。この空気という物質は、最も優秀な断熱性能を持っていますから、寒さを感じる時に衣服を一枚着足すだけで、簡単に保温効果が得られます。一方、日射の強くない時期に、暑さを覚える時には、衣服を一枚脱ぐだけで、ちょうど良い状態に簡単に調節することもできます。しかも、衣服の着脱による調節は、電気的なエネルギを必要としません。このように、衣服は、自分の周りだけを、自分の温度感覚に応じて、ちょうど良い状態を調節・維持するのに、とても便利なツールなのです。

 では、寒さ・暑さに対して、服装で調節するために、どのように衣服を着たらよいのでしょうか?私たちの身体は、タテに細長い形状をしています。この形態のために、身体の下の方は熱が放散しやすく、上の方に向かうにつれて、熱が放散しにくくなるという特徴があります。風が強く吹いていない場合、下肢は体幹よりも約30〜45 %も、上肢は体幹よりも約 30 %も熱が逃げやすいです。また、下肢は、足、下腿、大腿の順に、上肢は、手、前腕、上腕の順に、熱を逃しやすいです。ですから、寒さを覚える時、下肢や上肢を衣服で覆う服装にすると、暖かさを得られやすくなります。冬に長ズボンや丈の長めのスカート、手袋を着用するのは、衣服中の空気の断熱性によって、熱の放散が効果的に抑えられるからです。一方、日射の強くない時期に暑さを覚える時には、下肢や上肢を露出した服装にするとよいでしょう。人体から熱を積極的に放散するためです。暑さを覚えると、腕まくりをすることがありますが、これは、服装による調節行動の現れです。日常の何気ない行動に目を向けると、服装による調節を無意識に行っていることに気づきますね。

【参考文献】

  1. Fukazawa, T., Tochihara, Y. 2015: The Thermal Manikin; a Useful and Effective Device for Evaluating Human Thermal Environments. Journal of the Human-Environment System, 18 (1), 21/28. 
  2. 深沢 太香子,安藤 朋子,渡邉 慶子,栃原 裕 2009:サーマルマネキンを用いた乳幼児と成人体表面からの放射および自然対流熱伝達率の測定,第33回人間―生活環境系シンポジウム報告集,189/192.

イラスト:井本 雅乃