コラム「人間と生活環境」 第9回 『地域の伝統的建造物を受け継ぎ活用しよう』

No.9 2021年5月

山岸 明浩(信州大学)

 私たちは、自分が住んでいる地域について、どの程度知っているのでしょうか。地域の風土(自然的条件や文化的条件)を知ることは、私たちが健康で安全に生活するためでだけでなく、生活をより豊かにすることに繋がると考えられます。地域の風土を知る一つの手がかりとして、伝統的建造物があります。伝統的建造物は地域の風土の影響を受けながら形成されていますので、有形の文化財的な価値とともに、地域の人間生活の側面においても示唆を与えてくれる存在と考えられます。

 では、伝統的建造物を保存し次世代に受け継いでいくためにはどうしたらいいのでしょうか。美術品のように展示するのも一つの方法ですが、現存する多くの伝統的建造物を展示だけで利用するのはもったいないと思います。地域の人間生活に根差した伝統的建造物ですので、その価値を現代生活の中で再認識し、地域で活用することが重要と考えます。具体的には、地域の住民が祭りや行事の際に伝統的建造物を活用し、その空間の意味と良さを体感することは建造物の保存意識の向上につながります。行事は伝統的なものに限らず集会や娯楽でも構いません。また、天然醸造味噌を製造するのに適した環境を提供する味噌蔵は、現代でも大切に維持管理されながら利用されています。厳しい自然環境の変化を味噌蔵が柔らかく受け止めながら時間をかけて仕込まれた味噌の美味しさは格別で、広くマスコミにも取り上げられ地域の活性化に貢献しています。さらに、学校教育の中で日本の伝統と文化を学ぶ教材として伝統的建造物を活用する取り組みも有効です。私たちが行った活動では、地域の小学生を対象として、欄間や書院などに用いられている組子細工の体験や、建造物の部材や設備、植栽などに関する探検クイズとその後での解説を組み合わせたワークショップを開催し、子どもたちが楽しく興味関心を持って地域の伝統文化を学習するプログラムについて検討しました。

 この様に、住民が現代生活の中で伝統的建造物を舞台としながら活用することが、次世代へ伝統的建造物を受け継ぐ土台となり、延いては郷土を愛することに向かうと考えています。伝統的建造物の活用方法は、多様な風土の中で無数のアイデアがありますので、是非、多くの方々が日々暮らしている地域の風土に目を向け、思いを巡らして頂きたいと考えます。

地域の祭りや行事で伝統的建造物を活用することで、住民の保存意識の向上につながります
子どもたちが日本の伝統や文化を学ぶ教材として伝統的建造物を活用できます

【参考文献】

  1. 山岸明浩,山下恭弘,松本直司 1996:長野県における野外舞台建築物の保存・活用に関する住民意識-野外舞台建築に関する計画的研究その3-,日本建築学会計画系論文集,第489号,113/119. 
  2. 山岸明浩 2013: 明治時代の煉瓦造書庫の年間を通じた温熱熱環境の実態 その2-歴史的建造物の保存・活用に関する研究-,第37回人間-生活環境系シンポジウム報告集,215/218.
  3. 山岸明浩 2018:長野県須坂市における天然醸造に活用される味噌蔵の熱環境に関する研究,第42回人間-生活環境系シンポジウム報告集,161/162.
  4. 山岸明浩, 横山晴菜 2019:保存活用されている歴史的住宅の熱環境に関する研究-須坂市の旧小田切家住宅と旧牧家住宅(須坂クラシック美術館)を対象とした検討-,第43回人間-生活環境系シンポジウム報告集,177/180.

イラスト:浦川 京子