No.13 2021年9月
西原 直枝（聖心女子大学）
コロナ禍をきっかけに、オフィスではもちろん、在宅でも知的な作業をともなう仕事を行う機会が多くなり、室内における健康、快適、知的生産性への関心が高くなっています。室内環境を形成する要素として、温熱、光、音、空気、レイアウト、家具、ICT環境など、様々な要素がありますが、ここでは、温熱環境が働くひとの知的生産性にどのような影響があるのかについてみてみましょう。
温度、湿度、気流などの温熱環境を制御可能な実験室内で、被験者にオフィスワークを模した作業を課し研究を行いました。これまでの研究で、暑く不快な環境であっても、人は短時間であれば、知的作業の作業成績を高く保つことができるのですが、そのときの精神的な負担感（メンタルワークロード）は高く、疲労が大きいことが明らかになっています。つまり、温熱環境が暑くて不快な場合は、快適な場合に比べ、たとえ同じ程度の成果を上げることができたとしても、働く人への負担は大きく疲れがたまっているのです。
アンケートによる主観的評価だけでなく、生理量による客観的評価でも同様の結果がでています。たとえば、作用温度26℃および33.5℃の各環境に50分間被験者を順応させた後、計算作業を課した実験では、作業成績は温熱環境の条件間で差が認められませんでしたが、メンタルワークロードの指標として測定した作業時の脳血流量が増加することが示されています。疲れやメンタルワークロードの高い状態が長時間に及べば、全体の知的生産性の低下につながるでしょう。
オフィスなどでは、温度などの設計基準を満たしている場合でも、およそ20%の人はオフィス室内の温熱環境に不満を持っているといわれています。働く人ひとりひとりの好みや行動内容に温熱環境をカスタマイズすることで、個人ごとの環境への満足度があがれば、知的生産性の向上につながる可能性があります。
作用温度25.5℃および28.5℃の温熱環境下で、着衣条件（スーツ、軽装）や、自分で調節可能な採涼手法（卓上ファン、メッシュ椅子、ファン付き衣服）を組み合わせた実験を行ったところ、温熱環境に対する満足度が高い時に、作業成績が高いことが示されました。また、メンタルワークロードの客観指標として脳血流量変化を測定した研究においても、作用温度28℃の環境下で、好みのタスク気流を選択できる条件において、疲労およびメンタルワークロードが低いことが示されています。室内環境の制御が個人差に対応できるということは、疲れが少ない、知的生産性の高い室内環境を作り出す上で鍵となると考えられます。
現在、気候変動の要因となる温室効果ガス排出の低減が様々な分野で求められていますが、私たちの生活に身近な、オフィスや家庭における取組みも例外ではありません。特に、日常生活にかかわる、働く場の省エネを図る際には、「我慢しながらの意識改革」では長い目ではうまくいきません。省エネを行う際にも、人間の健康・快適・知的生産性の視点をもちながら検討し、室内環境づくりや省エネ技術にいかしていくことが大切なのではないかと考えています。
【参考文献】
- Nishihara N. and Tanabe S. 2005: Office Workers’ Productivity in Moderately Hot Environment -Task Performance, Fatigue and Cerebral Blood Flow-, Proceedings of the Third International Conference on Human-Environment System (ICHES’05), 233/237
- 西原直枝, 田辺新一 2010：精神作業時のタスク域気流が脳内酸素代謝に与える影響」, 人間−生活環境系シンポジウム報告集, 34, 255/258
- Tanabe S.， Haneda M.and Nishihara N. 2005: Workplace productivity and individual thermal satisfaction, Building and Environment，91, 42/50
- Nishihara N., Wargocki P. and Tanabe S. 2014: Cerebral blood flow, fatigue, mental effort, and task performance in offices with two different pollution loads, Building and Environment, 71, 153/164
イラスト：浦川 京子