磯田 憲生(奈良女子大学名誉教授)
2020年12月5日 第44回人間―生活環境系シンポジウムにおいて(オンライン開催)
皆さん、お久しぶりでございます。今回は奈良で、第44回のシンポジウムということで、初めは特別講演なんてとんでもないとお断りしましたが、大会長のたってのお願いということで何とか引き受けました。しかし、コロナの第3波がまん延しておりまして、奈良でも30人を超える患者が毎日発生しています。本来ならば畿央大学に行ってお話をする予定でしたが、本日は自宅から対応させていただきます。これまでの温熱環境研究の歴史的なことと、東京工大、奈良女子大でやってきた研究を主に、住まいの温熱環境についてお話をさせていただきます。久しぶりの講演で、お聞き苦しいところがあるかと思いますが、それはかつての仲間ということで、お許し願いたいと思います。
1.住まいの温熱環境の健康影響
昨今、ヒートショックの問題として、トイレとか寝室、お風呂、そこでヒートショックを起こして亡くなられるという方が結構大勢います。これをどのように解決していくかという問題があります。2番目は、暑熱環境とか寒冷環境での影響ということで、われわれは暑熱環境での熱中症、特に高齢者の熱中症に注目して、ここ10年ほど研究していますが、高齢者は幅が広く、健康な人や少し弱い方など、なかなか特徴がつかめない部分があります。今年も死者は少ないものの、7月の中旬から9月の中旬まで、約6万人を超える人が入院されています。3番目には肺炎です。高齢者になりますと、約3分の1は肺炎で亡くなるということで、日本ではこの肺炎はある程度地域的な病気にもなっています。そして、4番目にシックハウス。これは1980年代に起こって、現在はほとんど解決しつつあるわけですが、そういうことを踏まえて、健康に過ごせる住まいというものはどういうものなのかということを考えていきます。
健康に過ごせる住まい、これを健康住居と名付けますと、近世までは大体日当たりが良好で、風通しがよいと良好な住まいということで、健康に過ごせるとされてきました。1960年にWHOが出した居住環境基準において安全・安心は重要な項目であり、さらに良好な室内環境の維持が挙げられています。今回はその中の暑熱・寒冷環境について取り上げ、住まいの良好な温熱環境はどのようなものなのかを考えます。
2.温熱環境研究の変遷と主な温熱環境評価指標
温熱環境研究は、まだ歴史が大体100年ぐらいしかありません。主に「労働衛生医学の分野」、体温調節のメカニズムの解明を行う「温熱生理学」、どのような室内環境が快適な温熱環境をつくれるか条件を提示する「空調工学」などがあります。
国際的にも1900年当初は、温熱環境要素を測定する装置の開発が主に行われ、それに基づいて1920年代にGlobe温度、あるいはカタ冷却力、それからYaglouの有効温度の図などが提案されています。1940年代になると、温熱生理学の分野においてアメリカのイェール大学で体熱平衡が快適性に効くことが明らかにされます。そして1960年代では空調工学分野においてASHRAEがカンザスに人工気候室を作ります。そこでFanger、Gagge、Nishiらが測定を行い、その結果はPMVとかNew ETで提案されています。
こういう研究の流れの中で、最初は物理的なものと生理的なものとの関わりをうまく見つけていくために、それらに基づいた温熱環境指標が提案されてきました。そして最後には熱平衡式から評価指標を出すためにPMVとかNew ETなどが提案されました。
皆さんもご存じのように、人と温熱環境の関わりは人の産熱量、人の着衣量、そして周りの環境、これらとの関わりで体温がちょうどバランスが取れて一定になれば、大体快適であるので、現在はこの体熱バランスを基本に考えたものが主に提案されています。
日本の西先生もGaggeらと一緒になってASHRAEの人工気候室で得たデータを基に、日本で発表していたぬれ率(ぬれ面積率)を入れて算出したものが新有効温度と呼ばれるものです。それからFangerもASHRAEの人工気候室で得られたデータを基にPMVを提案しています。その後の研究で発汗や着衣の透湿について過小評価するため、修正がされていますが、日本のような暑熱環境で湿気が多い、汗をかく環境下ではあまり適用できないという指摘がされた時期もありました。
日本における温熱環境研究というのは、大体1970年は少し前ぐらいから始まっています。北海道大学、国立公衆衛生院、横浜国大、そしてわれわれがいた東京工大などを中心に研究が進められ、研究は主に空調学会で発表されていました。1974年に温冷感分科会が設置され、この人間-生活環境系シンポジウムの最初は1977年の8月に第1回、これは空調学会の中の会議室で行われております。これにはわれわれも準備委員ということで参加して、横浜国大の後藤先生、川島先生、国立公衆衛生院の長田先生、吉田先生、それから文化女子大の田村先生、そして小林先生と一緒にこのシンポジウムを開始したわけです。その後1985年には、住宅熱環境評価シンポジウムを開催し、評価基準の提案を行っています。
建築学会でも10年以上遅れて温冷感の作業委員会を設定し、ワーキンググループをつくって熱シンポジウムを何回か開催し、高齢者住宅の熱環境の評価基準などを提案してきております。私が温熱環境研究に取り組み始めたのが昭和45年、1970年ですから、今から50年前ですね。このひげ、そのときから生やし始めたひげでございます。
3.東京工業大学~芝浦工業大学における研究
小林研究室の技官として着任した後、助手になり、温熱環境研究ということで、回流式の人工気候風洞を作って、堀越先生と一緒に研究を進めました。ここでの最大の思い出は、大蔵省の印刷局の造幣局で調査をしたことです。周りは、1万円札の束があり、それを作業員の方が検査するわけです。その中で温熱環境を調査したというのが、大変記憶に残っています。そして昭和53年に学位を頂いて、同じ年に芝浦工大の南野先生のところで空気環境、放射熱の人体影響の研究、事務所における実態調査などを行いました。
【人工気候室の設計と当時の実験の苦労】
東工大では2つの人工気候室を作りました。これは東工大の回流式の人工気候風洞2号機ですが、1号機はやや被験者空間の幅が狭いことと、風洞内の温度がどんどん上がるため、冷却装置を入れ、やや実験空間を広くして実験を行いました。ここに透明のパネルを置いて実験をしますが、皮膚温の測定装置は、カプセルの中にコンマ1ミリの熱電対を中央でつなぎ合わせ、それを、ろ紙でカバーして貼り付けているので、熱電対がすぐに切れて実験が大変だったことを記憶しています。そのときの皮膚温の経時変動を示しています。左側が風速が静穏気流の場合で、右側が0.7m/sのときの皮膚温の変化を示したものです。これは10分間隔にしかプロットされていませんが、実は皮膚温を1点測るのに大体1分かかります。慣れてくると約15点を大体10分で測定し、また次を測定するというように、簡単にデータが得られない状況でした。
これらの実験結果から、大体平均皮膚温で34℃ぐらいのところで、概ね快適な環境が得られ、温度が低くなると、気流の影響が大きいことが徐々に分かってきたわけです。温冷感申告の測定時には、被験者は実験室内の風洞から棒で数値を指し、風洞の外側にいる験者が読み取って申告を受けていました。そのときに使った快適感と温冷感の申告スケールは、1つはステップスケール、もう1つは、堀越先生が提案した直線スケールです。その関係を確認すると、ほぼ直線関係にあることが分かりました。また、当時の研究発表は、一枚一枚の模造紙に発表する内容をマジックで書くため、1枚仕上げるのに何時間もかかります。発表に5~6枚使用するのであれば1週間前ぐらいから書き始めていました。このように、東工大から芝浦工大に異動してからも温熱環境の研究をずっと続けてきました。
4.奈良女子大学における研究
奈良女子大学からお呼びが掛かり、昭和55(1980)年、今から40年前に奈良女子大学の住居学科に赴任しました。当時、すでに人工気候室が2つあり、私が女子大に移動してから2つ作りましたので、これまでに4つの人工気候室を作って実験をしてきたことになります。前任者の花岡先生は、伝統民家の研究をされていましたので、一緒に伝統民家の温熱環境測定や高齢者住宅の測定、太陽熱利用住宅などの測定もしました。女子大に移って初めての発表の時には、ひげはまだ真っ黒で今と比べるとちょっと考えられないような様相でした。
女子大での温熱環境研究は1960年代に始まっており、その結果はハウスクリマ研究ノートに発表されています。私が着任してからも継続してハウスクリマ談話会で発表しました。花岡先生は民家の温熱環境を研究され、先人の知識、工夫、これを学問的に実証していこうとされていました。これは民家の微気候学研究ということで、花岡先生が奈良の月ヶ瀬にある民家を晩秋に調査したところ、結構温度が低いわけです。調査した住宅にも脳出血を起こして入院した人がいて、温熱環境が劣悪だということで、トイレや浴室を室内に設置することや、老人室には暖房装置を入れる提案もこのときにされています。
【民家に関する研究】
沖縄の石垣島では、住宅の温熱環境を調査しました。ピーク温度は大体35℃で、真中辺に30℃と、コンクリートの住宅の場合は、室温が昼間大変高くなるということがはっきり出ています。木造瓦ぶきの住宅では、室温もあまり上がりません。これは風が通るからです。大体1m/sぐらいの風が吹いているため、十分暑さを防ぐことができ、沖縄の場合はいかに屋根面で日射を拡散させるか、スコールで水をためて、太陽熱でそれを蒸発させて屋根面をあたためないようにする、あるいはひさしを出して日射が入らないようにするといったような工夫が見られます。
また、2月にアイヌの伝統民家、「チセ」で測定しましたが、2月ですので本当に寒かったです。棒グラフは薪をくべた量を示しています。薪をくべると局部的に温度が一気に上がりますが、同時に冷たい気流がと入ってきて、本当に寒いのです。この日はもう本当に寒くて寝られなかったという記憶があります。火をたいている炉のほうに向かって寝るときは、囲炉裏に向かっている側は暑い。それから背中のほうは本当に寒い。逆に背中を炉のほうに向けると背中は暑くて、顔のほうはもう本当に寒いといったようなことで。翌日に、どういう暮らししていたのですか?と聞いたら、まず、薪をそんなに燃やすことはなかったのではないかと。昼間に炊事をした熱で、薪が少し熱を持った状態で残りますよね。それを炉全体、2m×1mぐらいの炉がちょうど住宅の真ん中にありますが、これの全面にそれを敷きならして、そこからの放射熱の影響で何とか対応していたのではないかと言われました。そこで次の日は、ちょっとずつ燃やしてやってみると、前日の寝不足もたたったのですが、よく寝られたという記憶があります。
また、奈良の民家は2階に厨子(つし)二階というのがあって、現在はそこを住まいとして使っていますが、昔は物置だったのです。ですから、1つの断熱性がある空間だったと思います。今は住まいとして使っていますから、冬は本当に寒いのです。夏は涼しいですが、冬が寒いという特徴がやはり、こういう古い民家には見られます。
以上をまとめますと、伝統民家・町家はそれぞれのところの季節・気候に対応して、夏を旨とすべしということで、基本的には作られている。そのためには、ひさしやすだれ、あるいはかやぶき屋根で日射を遮蔽して、通風を取り込む。それから冬は、やはり、寒いです。かやぶき屋根とか大壁、土壁や、これは断熱性が高いですが、やはり寒い。それから隙間がどうしてもある。それで隙間風によって寒い。そこで、いろりとか暖炉とか湯たんぽとか、そういう採暖措置が多用されてきました。滋賀県の北のほうに昔、土の上にわらを敷いて生活していた土座住居がありました。そこは室温が5℃ぐらいでもそんなに寒く感じないのです。「かまくら」もそうですが、大体5℃ぐらいです。かまくらに風が入ってこないと、結構あたたかいのです。この土座住居でもその土座に座って生活している分には風がほとんど入ってこない、そのためにそんなに寒くないということだと思うのです。それから昔の人は、やはり生活的な工夫をいろいろ取り入れていたことが分かります。
それに対して現代人はどうなのだろうということで、これは2010年に中村さんが修論でやった研究ですが、いろんな住宅の熱環境を測定しています。冬の熱環境ですが、左から居間、トイレ、寝室、台所、廊下、脱衣所とあります。真ん中に四角く書いているのが、評価基準値です。縦軸に温度が書いてあります。それから点の右に行くほど古いお宅の住宅です。居間、これは大体19℃ぐらいが平均ですが、古いお宅ほどちょっと寒い。トイレは10℃ぐらいで、これも古いお宅ほど寒い。寝室は10~15℃ぐらいで、新しいお宅でも結構住宅の熱環境はこういう基準値から比べると悪いというのが明らかにされています。
【人工気候室実験】
これは奈良女子大学の人工気候シミュレーターで、われわれがやった実験の半分以上はここで実験をして成果を得ています。当時、大体6,000万円ほどで2つの人工気候室が作れたので、本当に助かったと思っています。私どものほうには人工気候室が実は4つあったのですが、これはそのときの部屋の中の気流分布を紹介したものです。真ん中にあるのがシミュレーターで、被験者の全面から風が吹いてくるということで、この部屋を多く使って実験をやっております。
そのシミュレーターの前室にあたる部分の人工気候室が上から吹き出すタイプの人工気候室です。この人工気候室の気流はちょっと早くなっております。右はその後改修した人工気候室で、これは床吹き出しの人工気候室ですが、あまり速い気流で使うということを想定しておらず、できるだけ静穏な気流で作ったものです。気流分布はやはりこれが一番いいし、温度分布もこれだと0.1℃ぐらいの分布で制御できるので、睡眠実験などに多用しています。着任後、1983年に生活環境シミュレーターという、少し大きい人工気候室が完成しました
・選択気温実験
これは人工気候室で行った実験で、気温を自由に設定できるように被験者にその設定をする装置を渡し、ちょうどいいと思う気温になるように調節してもらって測定した結果です。約90分後に設定された温度を累積度数で示したものです。平均値では大体26.5℃から27℃で、高齢者、若者、あまり変わりませんが、高齢者に比べて若者の個人差がすごく大きく、22℃でよいという人もあれば、31℃ぐらいないと寒いという人もあり、人にはこういう個人差があること明確に示しています(佐々さんの実験)。
・気流実験
これは風を当てて、気流の影響がどう出るかということで、久保先生の主な研究です。横軸に気温、それから縦軸に風速。風速も自由に調節してもらいました。上のほうの黒丸が、若者、下のほうが高齢者ですが、やはり高齢者のほうが遅い風速を選択する結果で、榎本さんの研究です。風を一定に吹かせたり、自由に変動させたり、自然の風のように変動させたりして、快適性を調べた実験では、風を変動させると影響が大きくなるということで、一定の弱い気流のほうがみんなに対応できるのではないかという結果を得ました。
これは吹き出し気流を人体に当ててその影響を見たものですが、自動車の吹き出し口を想定して、足元から出たもの、それから胸のほうから出たものは、どういう影響の違いが出てくるかを調べた実験です。やはり後ろの首筋の辺りに当てると、かなり影響が大きいことがわかります。
【日射の生理反応への影響】
これは都築さんの研究で、安静時と運動時で平均気温がどう影響するかということで、建物の外の日が当たるところと建物で日陰になっているところの実験です。同じ気温でも、大体5℃~6℃の違いが見られます。運動をするとさらに差は大きくなる。これはちょっとした動きが差に影響すると考えられます。
以上、人工気候室を使った実験から温熱環境がどういう影響を与えかということをまとめます。気温の場合はやはり個人差が大きく、8℃ぐらいの差があります。湿度の場合はそんなに大きな影響は見られない。気流は大体1m/s速くなると3℃の温度効果と同じぐらいの影響である。それから放射温度の場合は、日なたと日陰で大体5℃ぐらいの差があります、というようなことをこれまで明らかにしてきております。
【在外研究での思い出】
1992年にはアメリカのKSUとデンマークのDTHに在外研究で行き、カンザスのASHRAEの人工気候室や、Fangerさんの研究内容を見てきました。これはデンマークのFangerさんの研究室でのパーティーでの様子で、ゲストハウスのホールを使ってFangerさんとお弟子さん、研究室の方たち、そして、芸工大の石井先生も一緒でした。それから、たまたま榎本さんが外国で発表するために来ていましたので、一緒にパーティーをさせていただきました。こういうふうにFangerさんに帽子をかぶせるというのはなかなか勇気がいることですが、石井先生は楽しんでおられました。
【自然共生住宅の調査】
私が住んでいる自然共生住宅地に建てた住まいは、10戸の建物を相談しながら建てたもので、2005年以降、継続して環境測定をしています。冬の外気温は大体平均5℃ぐらいで、地方気象台と比べてもあまり変わらず、結構寒いです。それに対して住まいの居間の室温を暖房器具別にみると、薪ストーブの場合は、薪をたいたときはすっとあったかくなるのですが、薪を絶やすと下がってくる。それからエアコンの場合は、エアコンを使っているときは大体安定している。床暖房プラスエアコンの場合は、かなり安定してくる。床暖房だけの場合には低い温度で大体安定しています。
居間の温熱環境をそれぞれの暖房器具別に比較すると、薪ストーブでは大体平均で20.5℃、床暖房で平均が16.5℃、少し温度が低いですが、安定はしています。エアコンは使っているときは安定しますが、使っていないときはやや温度が下がります。変化の範囲が広い、幅が広いのは薪ストーブで、つけたり消したりするためです。断熱と気密はきちんと設計してありますから、生活の仕方が影響したものと考えています。冬は、気象台のデータと住宅地内のデータがあまり変わりませんでしたが、夏は住宅地内のほうが1℃ぐらい低いのです。これは周りの植生が影響していると考えております。居間の室温をみると、平均で30℃を超えており暑いです。寝室も30度を超える家がかなりありますので、いろんな工夫をしています。1つは障子とかよしずを利用して日射遮蔽をする、通風を行う、地下室を利用するなどです。
私の家のデータをご紹介しますと、左上が外観で、右上が室内の天窓の写真で、左下が地下室です。右下が居間の写真です。 地下室の気温を見ると、大体27℃でずっと一定です。地下室をうまく利用することで、エアコンを使わずに夏が結構涼しく過ごせます。また、1階の南と北で大体1.5℃ぐらいの差がありますから、夏は北側の部屋に移動して生活することも良いと思います。
5.住まいの温熱環境の提案
夏の住まい方をまとめると、基本的にそよ風を取り入れる。そうすることで3℃か4℃低い環境が出てくる。打ち水をすると2℃から4℃、ミスト散水も2℃から4℃ぐらい下がることを実証しています。それから緑のカーテンでは大体1℃から2℃の低下。地下室が、外は暑いのにもかかわらず26℃から28℃ですので、このように住まい方を変えることでかなり対応できるのではないかと。基本的に夏を旨とすべしとして、こういう住まい方をし、冬は暖房するということになります。温熱環境の実態より、浴室、トイレでは、冬季は10℃から20℃、夏季27℃から32℃、これはまさにヒートショックや熱中症が起こりやすい環境です。よって、冬季の室温は20℃から26℃、入浴温度も38℃から40℃、入浴時間は大体8分から10分の場合に実験でいい状態が得られたので提案をしたいと思います。
それと最後に、やはり人の温熱環境への対応をちゃんとしなければならない。われわれは気候順化します。冬になると冬の体になるし、夏になると発汗をするように、夏の体になります。できるだけそういう外界の夏の気温、冬の気温に皮膚の一部を暴露させ、早く順応する、順化させることが重要になります。それから運動で産熱を活発に、ただし猛暑日はできるだけ休養を。それから、着衣です。最近は暖かい着衣が出てきましたから、それをうまく利用することも効果的です。
その後も、色々と研究をしておりますが、特に床暖房の実態とか高齢者の快適性とか緑のカーテンの影響、それから住宅の実態調査などの研究を続けてきました。
6.おわりに
これらの研究において、大体2,000人を超える多くの被験者を実測してまいりましたし、多くの卒業生にお手伝いを頂きました。久保先生、都築先生をはじめ、みんなのドクター論文になって発表されておりますので、本当に、私は大変お世話になったと思います。長い時間本当につまらない話で申し訳ありませんでしたけれども、最後の最後の講演になるかと思いますが、ご清聴ありがとうございました。
質疑応答
(東大会長)磯田先生、長年のご研究を1時間に凝縮していただき、ありがとうございました。それでは先生のご講演に対しまして、皆さまよりご質問をお受けさせていただきたいと思います。
(高田先生)磯田先生、ご講演ありがとうございました。興味深く聞かせていただきました。先生の長年にわたるご経験が、ぎゅっと詰まっていたと思います。お聞きしたいことがたくさんあるのですが、人工気候室のことについて質問させてください。先生の人工気候室の写真は大変面白かったです。透明の壁など工夫されていて、幾つも作られたと。多分、人工気候室を使っていて、もっとこうしたいというのがあって新しいものを作ってこられたと思うのですが、今もう1個作ってもいいと言われたらどんな人工気候室を作りたいとお考えでしょうか。
(磯田先生)最後に作った人工気候室、床吹き出しですね。これは本当に温度分布が一定になります。実はFangerの研究室も床吹き出しなのです。風の研究をするにしても風速の発生装置を持ち込めばいいわけですから、温度が一定、気流もかなり一様になるということで、床吹き出しが実験的にはいいかと考えております。
(高田先生)ありがとうございます。とても参考になります。
(渡邊先生)ぜひ、先生に質問させてください、こたつのことです。これから日本の住宅の断熱性能が上がっていったら、もうこたつは要らなくなるのでしょうか。先生のお考えをぜひ、お伺いしたいです。
(磯田先生)局部暖房というのは必要だと思うのですが、こたつに入りますとどうしても立ちづらくなるとか、作業をするようなことに影響が出てくるのではないかという危惧を持っているのです。ですから大体22~23℃以上に冬の温度が保たれるような環境であれば、もうこたつは必要ないと。私がデンマークに行っていたときも部屋の温度が大体、冬は23℃から24℃で、シャワーを浴びて部屋に入っても全然寒く感じないということもあり、そういう作業性能とかを考えると、どうかなと。ただ、こたつはやはり気持ちがいいですよね。
(渡邊先生)おっしゃるとおりです。
(磯田先生)渡邊先生が研究されているように、気持ちがいいのですよ。本当に、足をあたためる、これは最高の気持ちよさをつくる道具ですから、なかなか離せないのかもしれません。
(東大会長)ありがとうございました。もう少しお時間がありますが、いかがでしょうか。
(都築先生)興味深い発表をありがとうございました。懐かしく色々な事を思い出しました。今も私たちは温熱環境の研究をしていますが、比較的新しい住宅というのは高断熱、高気密で、建築基準法の中に換気回数が明確に示されるようになってから、住宅メーカーさんなどは非常にそこをクリティカルに考えられて、24時間換気装置を入れっぱなしにすると。そうすると今日の最初の発表で、高田先生が図書室の書庫の話をされたのですが、住宅の中でも常に2時間に1回で全取り換えの換気をしていると、夏にきちんと冷房をずっと入れっぱなしなら良いですが、なかなかそうもいかなくて皆さん自分のいいように調整されてしまい、結局冷房が切れたら非常に暑くなるというようなことの繰り返しです。そういった今ある基準について、先生のこれまでの民家とか、長い研究経験からどのように思われますか。やはり必要なものなのか、それとも先にもっと温熱環境の基準をしっかりしてもらいたいというのが正直なところなのですけれども。ご意見を頂けたらと思います。
(磯田先生)換気量ですけれども、これはうちも24時間換気をずっと稼働させてCO2濃度を連続して測っておりますが、大体600 ppmから、もうちょっと上がっても700ppmしかならないので、換気のし過ぎではないかと思っています。特に空間が広いところでは換気のし過ぎではないか、それで夏が暑かったり、冬が寒くなったりということが起こると思います。だから換気の基準をCO2濃度で定めるとすると、1,000ppmになるとちょっと問題があると思うのですけれども、700ppmとか800ppmのところでの換気、それを自然に行えるような設計を目指していくことが重要なんじゃないかと。常に換気扇を動かしておくということになりますと、やはり換気扇による電力量もかかりますので、その辺、設計者の方にわれわれ環境工学者が、「こことここにちょっと隙間をつくってくださいね」というアドバイスをしていけば、もう十分換気はできるのではないかと思っております。ただ人がたくさんいる条件になりますと、もうそれでは追いつきませんので、機械換気ということになるかと思うのですけれども。今の核家族の住宅ですと、そういうちょっとした開口部を設計の段階から入れておけば、十分な換気はもう得られると考えています。よろしいですか。
(都築先生)はい。ありがとうございます。
(東大会長)それでは、そろそろお時間となりましたので、これで特別講演を終了したいと思います。磯田先生、このような状況の中、特別講演をお引き受けくださり、「住まいの温熱環境について」という大きなテーマで、これまでのご研究をお話しいただきましたこと、本日参加された皆さまを代表して心よりお礼申し上げます。
(磯田先生)いえいえ、こちらこそどうもありがとうございました。
(東大会長)よろしければ皆さん、反応ボタンを自由にお使いいただき、感謝の気持ちをお伝えしていただければと思います。
(磯田先生)本当に、ありがとうございました。ただ、このようなオンラインでの講演は初めてですので、昨日ぐらいから大変緊張しまして、血圧が150を超えたり、さっきも心拍数を測ったら80を超えていたりとか、こういう場はだんだんもう向かなくなってきたかなと感じているところです。どうもありがとうございました。