特別講演「私の人間生活環境系分野における研究」/垣鍔直(元 名城大学教授)

2021年12月4日, 第45回 人間-生活環境系シンポジウム(名古屋)において

(光田大会長) それでは,16時半になりましたので,これから垣鍔直先生の特別講演をお願いしたいと思います。

 2003年の総会において,人間-生活環境系会議から人間-生活環境系学会と名称を変更することが決定され,名実共に学会になったわけですが,垣鍔先生は,ちょうどその頃の2004年度から2007年度まで,2期4年間,会長をお務めになりました。そして,学会の発展に大きくご尽力いただきました。この人間-熱から人間-生活環境に広くつなげていかれたということで,大変なご尽力をいただいたわけです。先生のご専門は,建築環境工学,生気象学,生理学と,多岐にわたっておられます。先生のご研究と共に人間生活環境系分野の研究への思いや,今後の研究に期待されることなどもお聞きできればと思い,先生のご講演をお願いしたところ,本日ご快諾いただき,ご講演をいただけることとなりました。

 本日は,関東からこちらの名古屋の大同大学の会場へお越しいただいています。垣鍔先生,よろしくお願いいたします。

1.私の人間-生活環境系分野における研究

(垣鍔先生) ご紹介頂きどうもありがとうございます。このような講演の機会を与えて頂いたことを,改めてお礼申し上げます。

 お引き受けしたのですが,話すテーマについてかなり迷いました。理由の一つは,私自身がまとまった研究をやっていなかったこと改めて知らされたことに加え,光田先生から何かこのようなテーマでという提示もありませんでしたので迷いました。しかし,この3月に名城大学を退職しました時に,大学から退職原稿を書くように言われ,せっかくなので,『私の人間-生活環境系における研究』と題して原稿を書きました。それを提出したことを思い出し,これしかないかと決めさせてもらいました。ですので,半分自己紹介的で,雑駁な話になってしまいますことを,最初にお詫び申し上げようと思っています。

 最初に職歴をお見せしています。原稿に沿ってクロノロジカルに研究の紹介をさせて頂きます。大きく分けて,留学の期間があり,コンサルタントの期間があり,それ以降に高専や大学の教員もしていましたので教員の期間がありました。その流れに従って紹介させて頂こうと思い,最初にお見せした次第です。

 梗概に書きました人間-生活環境系システムとは,これは私なりの解釈ですので,決して学会としてそう捉えているわけではありません。ですので,違うではないかという議論はご容赦ください。図に示しましたように,私なりに解釈しているのは,このようなシステムに対しての考え方だと理解して頂ければと思います。

 我々は日常の生活で屋内外を往復します。今日の発表にもありましたが,屋外は気象の影響,それから天候の影響を受けるわけです。居住空間の広がりで捉えますと,例えば超・超高層ビルは低気圧ということもありますが,気候自体も変わってきてしまいます。そこを行ったり来たりすることで,色々なストレスを受けるだろうと思われます。それから,もう一つは,リニアモーターカーが東京と名古屋を結ぶ計画があります。今はなかなか進んでいないようですが,計画ではかなり大深度のターミナルになるということで,実現すれば大深度地下空間となります。つまり,高圧環境になります。ですので,我々が陸上に暮らしている中でも,昔と比べますと,生活空間が持つ物理的なバリエーションがかなり広がってきたと思われます。

 これからの私の話につながるのですが,例えば,今ではなかなか進まない海底で居住するという話の場合は,水圧と同じ圧力空間で暮らさなければいけなくなります。また,無重力空間や宇宙空間のほうが現実的になりつつあって,実際,アストロノーツではない一般人も宇宙空間に行ける時代になってきています。当然のことながら,無重力ですし,気圧の変化も伴うと考えられます。

 それからもう一つ,別の観点から人間-生活環境系を捉えていきます。図に示しましたように,例えば1日のリズムを考えると,今日の口頭発表のテーマになっていましたが,サーカディアンリズム,特に体温に概日リズムがあります。そうしますと,その変化に応じた環境制御が求められるでしょう。それから,右側の図に示しましたが,季節によって我々は色々な健康障害や不定愁訴を経験します。12月ですと,これからはインフルエンザが話題になりますが,今はコロナ一色になっています。それから3月になると花粉症があります。今日の口頭発表でも熱中症に関する発表がありましたが,冬でも熱中症に罹患する方もいらっしゃるということで,我々の生活が循環して繰り返されてきていることも,人間-生活環境系の重要な考え方,キーワードになってくるだろうと思っています。

 私自身がどのような研究に関わってきたのかを図式化してみました。図の上方に示しましたが 「照明環境分野」を挙げています。私は決して照明環境の専門家ではなかったつもりなので,ちょっと不思議に思う方もおられるはずです。今日の講演の最後に照明に関する研究についてご紹介しますので,納得頂けると助かります。研究活動のきっかけは学生の頃の高圧環境に関する研究でした。関連する研究として「衣服工学分野」も挙げました。あえて被服学と書かなかったのですが,その議論は避けることにします。「屋外環境分野」も挙げました。こちらは先輩に影響を受けて始めた研究です。「睡眠環境分野」も周りからの刺激もあって始めました。なぜこのような分野の研究に関わったのかを考えてみますと,関連した分野が共有するキーワードが心理・生理と季節差だったからだと思っています。ですので,キーワードを中心に関連分野を順番に説明させて頂きます。

2.大学院時代の研究

 大学院時代の研究を紹介させて頂きます。高圧環境,ヘリウム酸素ガスにおける温熱環境制御に関する研究と題していますが,皆さんは耳慣れないと思います。潜水を分類すると図のようになります。素潜りは息を堪えて潜りますから,プロダーバーでなければ潜る深度はせいぜい10m程度です。もう少し深く潜ろうとすると図に示したスキューバダイビングを選択します。水圧に合わせた圧縮された空気で呼吸するわけで,我々はバンスダイビングと呼んでいるのですが,実は30分潜れても浮上に時間が掛かりますので,水中で作業できるのは半分或いは1/3程度になります。業務での潜水では非常に非効率的になります。図中に赤で囲った潜水方法は混合ガス潜水あるいは飽和潜水です。この潜水方法では,ダイバーが作業する水深の水圧に相当した高圧環境の中で生活して,必要な時に潜水できます。水面に戻る必要がないので作業効率を上げられます。右側の図に四角く囲っていますが,水深が60メートル以上になると圧縮空気では密度が大きくなり,呼吸ができなくなります。ですので,窒素の代わりに不活性ガスのヘリウムを使ったりするわけですが,そうしますと,ヘリウムの特徴としてドナルドダックボイスと呼ばれる現象で音声が変わったり,熱伝達率が非常に高くなったりしますので,この会場の温熱環境でも,寒くてガタガタ震えてしまうような状態になってしまいます。

 ということで,大気環境下で使える色々な熱収支の理論が,このような環境では使えないことに,学生の頃に大変興奮したわけです。それが研究活動を始めたいと思った動機です。そこで,高圧環境を再現できる実験施設があるのか探しました。当時はネットがありませんでしたので手探りでしたが,図の一番左側に示しました神奈川県の追浜に海洋科学技術センターが探していた研究施設だとわかりました。海洋科学技術センターは,追浜の日産工場のすぐ横にありました。センターの場所は昔の海軍のゼロ戦の基地だったということで驚いたことがあります。当時,センターは大陸棚開発を目的にしていましたので,2000メートルの潜水船の『しんかい』があり,写真に示した高圧環境シミュレーターを使った有人実験が行われていました。プロジェクトとしてシートピア計画やニューシートピア計画が進んでいた時期でした。そこで,私も実験メンバーに入りたいと掛け合いましたら,面白い奴だということで,仲間に入れてもらいました。真ん中の写真の高圧環境システムの全景を見て頂くと,少し見難いかもしれませんが,居住施設が両側に二つあり,真ん中に潜水プールがある構造になっていました。右側の写真は私の若い頃の写真です。

 学部生から院生の6年間,シートピア計画に参加してデータ取りをしました。計画の最終年度にプロダイバーではない一般市民をプロジェクトに参加させようということで,センターからその計画を立てるようにと委託されました。博士課程の2年生の時でしたが,良いチャンスだと思い企画書を作成しました。ただ高圧といっても水深30メートル相当のヘリウム混合ガス環境の再現でした。私が企画した実験は実施されました。プロジェクトの参加者は,お医者さん1人,歯医者さん1人,プロダイバー1人,学生2人の5名でした。学生の1人が私でした。写真のここにいるのが私です。チャンバー内ではダグラスバッグで代謝量を測定し,1日3~4回も採血しました。実験の終わり近くには腕に採血する場所がなくなる程で,痛い,痛いと言いながら採血され,無事に終わりました。右の写真は減圧が終わり,ちょうどチャンバーから出るところです。新聞に掲載された写真です。

3.University of Hawaiiでの研究

 何とか学位を取ったのですが,学位を取ったからといって行き先はありませんでした。優秀な先輩が大学に残るかと思ったら残れなかったということを聞いて,覚悟はしていたとはいえ,かなり落胆しました。北大で開催された建築学会の大会に参加した時に,ある先生から「お前みたいなのは海外に行ってこい」と言われ,そのような手もあるのだと思って,一生懸命鉛筆を舐めながら手紙を書いた結果,今も元気で活躍されているハワイ大学のユーチャン・リン教授が来てもいいと言ってくれました。ハワイ大学は幾つか校舎があるのですが,オアフ島のマノア校は皆さんがよく知っているワイキキビーチの山側にあります。写真はキャンパスの様子で,全米の大学の中でもハワイ大学のキャアンパスは美しいキャンパスのひとつだと言われています。そのキャンパスの一番奥にあるのが医学部の研究棟になります。

 写真のリン先生はCardiovascular physiologistで心肺機能の研究ではなかなか有名な先生です。講義の最初に必ず話すジョークがあります。人間を含めた海洋哺乳動物の脳の体重に対する割合と息ごらえ時間の関係を示した図です。縦軸が息ごらえ時間なのですが,人間は脳の体重に対する割合が高く,息ごらえ時間が短いこと示しています。つまり,人間は海で暮らしていたのが陸上に上がって,サバイバルするために脳が大きくなって,だんだん海での適応能力がなくなってきたことを説明するためのものです。マッコウクジラとかイルカなどは長いのですが,人間はせいぜい4~5分ですという話です。

 そのような話ばかりしていてもなんですが,リン先生から与えられた研究テーマがありました。先程お話ししましたが,飽和潜水では体の組織が高圧になってしまいます。それで,普通の大気圧環境にいきなり戻りますと過飽和になって血中に泡が発生し,それが血栓になって命を失います。減圧症と言われるのですが,それを防ぐために徐々に減圧させる減圧表が開発されました。しかし,減圧時間が長くて困るのです。ダイバーにしてみると,高圧で生活した後,早く戻りたいけど1カ月以上も減圧で拘束されるのは嫌なわけです。何とか早く戻れないか,体の中のガスを出せないかということで,リン先生に相談されました。末梢血流からのガスの拡散を促進してあげたらどうだろうかと考え,図に示したチャンバーを作り,ストレンゲージで指尖血流量を測ったり,チャンバーの中を酸素でフラッシュアウトしたり,試行錯誤しました。被験者に空気と80%ヘリウムを吸ってもらい,どれだけ前腕からガスが拡散するかを測定しました。今でも1年近くかかったことに驚くのですが,ヘリウムが原子量2ということで漏れ易く,漏らさない工夫がなかなか大変で四苦八苦しました。結果を図に示しています。横軸が指尖血流量,縦軸がガスの拡散量になりますが,指尖血流量が増えるとガスの拡散量も増える関係を示しています。図中の実線は理論式で,いわゆる拡散の理論式から得た結果です。予想式と概ね合うということで,末梢血流量を促進するような温熱環境で減圧時間が短縮できる可能性を示しました。

4.US Submarine Baseでの研究

 そのまま日本に帰ってもよかったのですが,研究助成をするNational Research Councilという組織があり,そこに研究申請しましたら,コネチカット州にありますUS Navy Submarine Base内の研究所で研究することができるようになりました。Submarine Baseなので,写真に示したように基地のそばのテムズ川にはこのような原子力潜水艦が浮いていました。海軍基地内に写真に示した訓練用の高さ30mのダイビングプールがあり,写真のようにフリーフローダイビングをします。プールの底にある潜水器具まで潜って,それを装着して戻ってくるのですが,兵士達は途中で意識を失って,ぷかぷか浮いてきます。再生させてはまた潜りで,2~3週間やるとそれができるようになるという,恐ろしい訓練をやっていました。

 1年ほどいたのですが,何をやったかというと,温熱環境に対して興味を持っていたので,高圧環境で何とか熱収支を予測できる方法を開発したいと考えていたのですが,そもそも無風で皮膚面と気温の温度差がない状態でも汗が蒸発するドライビングフォースは一体何だろうということにとてもこだわり,一生懸命考えました。ひょっとしたら,水蒸気圧差,絶対湿度差の影響ではないかということで,ここに空気線図を示していますが,基準水蒸気圧に対して等水蒸気圧線上に動かしますと,気温と皮膚温に温度差がなくてもドライビングフォースである温度差が求められますので,これを用いて蒸発熱伝達率を予想する考え方を提案しました。その結果が右側の下の図です。高圧ではあまりその影響は出ないのですが,低圧になるほど,例えば0.5気圧くらいになると,いわゆる自然対流域での蒸発熱伝達率がかなり大きく影響することを分析しました。この論文は30数年前に雑誌に掲載されました。熱収支を扱う研究者には参考になると思ったのですが,この講演の前に調べたら,発表してから30数年間誰にも引用されていないことがわかりました。何と退職後に,自己満足の世界ではいけないと反省し,誰も引用されないような論文は書いてはいけないと言い聞かせるはめになりました。

5.Simon Fraser Universityでの研究

 1年の契約が終了する前に知り合いの先生に紹介されて,カナダのSimon Fraser Universityに1年半ほど勤めました。インディアンクリークの写真があります。皆さんのなかにはバンクーバーに行かれた方もいらっしゃると思いますが,バンクーバーは下町なのですが,その西側にバーナビーという高台の街があります。そこには小高い丘があり,その頂上にサイモンフレーザー大学のキャンパスがあります。冬は写真のように雪に覆われてしまうのですが,インディアンクリークが見渡せるきれいなキャンパスでした。

 1年半,Department of Kinesiology(身体運動学科)のMekjavic准教授と一緒に色々な仕事をしました。例えば,私は第2回のICEEの発起人でした。この講演を聴講されている方の中には信じない人も多いかもしれませんが,うそではありません。第1回のIEEはほとんどローカルだったのですが,第2回から国際的になりました。私は日本からの参加者を募る役割でした。その話をすると長くなるので,ここまでとします。

 サイモンフレーザー大学では複数のプロジェクトに参加しました。写真に示しましたが,Patrickという学生が着ているヘリコプタースーツの性能を評価するのが目的でした。見て分かるように非常にbulkyですので放熱面積の増加を見積もらなければ保温性能の評価はできないと考えました。Fish-eye lensがあれば何とか見積もれるが,カナダにはないだろうとMekjavic博士に言ったら,驚くことに探してきましたので,やらざるを得なくなりました。その研究結果がこちらです。縦軸はfcl(着衣放熱増加率)を示します。横軸は,図に示した衣服下気積を推定するシリンドリカルモデルで計算した値です。モデルによる計算値で実験値を予測できることが可能であることを確かめ,論文として発表しました。これは,衣服工学分野の研究例になります。

6.帰国後のコンサルタント時代の研究

 サイモンフレーザーの教員に応募するように勧められ,応募し,最終候補まで残ったのですが,結局,採用されず,傷心の思いで帰国しました。職のない状態でしたが,その頃の日本はバブル最後の時期で,学生の時に海洋科学技術センターで知り合った人達にたまたま出会うことがあり,仕事を依頼されました。携帯型のeOBA,閉鎖式の潜水呼吸器の開発に携わりました。ここに図がありますが,ジェームズ・ボンドタイプの潜水器で,消費した酸素をこの小さなボンベで供給して,呼気内の二酸化炭素をキャニスターで吸収する仕組みになっています。水深5m~10mでの潜水ができる潜水呼吸器でした。会社の担当者に「垣鍔君,この潜水呼吸器のテストを君に任せる」と言われて,予算を聞いたら1億円ということで驚かされました。大変でしたが,良い経験でした。

7.教員時代の温熱環境分野に関する研究

 一応,温熱環境分野を専門にしていますので関連した研究を紹介したいと思いますが,まずは,照明の話から始めます。図に示したのは,三波長蛍光灯の分光分布です。RGBのピークがあります。それから,LEDの分光分布も示しました。LEDの場合は400nmと600nm付近にピークがあります。同じ相関色温度でも分光分布の違うことによって印象や心理・生理的な反応が違ってくると言われています。その理由として光の非視覚的作用があります。内因性の光感受性の網膜神経節細胞,ipRGCと言われている細胞です。図に示した赤い点線が非視覚系の経路です。緑の点線が視覚系の経路ですが,共有している経路があります。非視覚系の場合には視交叉上核と,その下にある松果体を経由することになり,これらはどちらも,いわゆる体温調節に関わるサーカディアンリズムの制御に関わる機能を有しています。これはご存じの方も多いと思います。

 ipRGCが発見されてから,多くの論文が発表されています。ここに2つ挙げていますが,両方とも日本人の方の論文です。非視覚的作用の体温調節に及ぼす影響を報告した論文と皮膚も似たような機能を持っていることを報告した論文です。これらも参考にしました。照明環境の違いが体温調節に及ぼす影響に興味を持ったので,まずは『照明がcore Interthreshold zoneに及ぼす影響に関する研究』を紹介させて頂きます。これ以降はCore Interthreshold zoneをCIZと呼ばせてもらいます。

 図に示したのはSherringtonの拮抗モデルといわれるものです。体温調節モデルを研究している研究者が信じて疑わないセットポイントモデルと比べて違う部分を説明させて頂きます。図の左側が皮下にある温受容器と冷受容器で,皮膚温が変化しますとインパルスの頻度が変わる性質を持っています。それら求心性の情報は視床下部に伝わります。図に示したPWとPCは視索前野温受容器と冷受容器です。反応の流れ図を見てもらうと,皮膚温が上がって暑いから汗をかく状態でも,PWからの信号がそのままダイレクトに効果器に伝わるかというと,そうではなく,冷受容器から発汗を抑える信号,つまりブレーキがかかります。ですので,例えば,周りの気温が高くなり体温が高くなっても,すぐに発汗が始まらないのです。反対に,気温が低くなり体温が低下しても,すぐにふるえが発現するわけではないというモデルになります。もう少し詳しくお話しします。図の横軸は体温(body temperature),左の縦軸は代謝量で,右の縦軸は発汗量を示しています。体温が変化しても反応しない範囲(No response zone)があって,それを超えるとふるえや発汗反応が始まることがわかると思います。

 CIZを色々な環境条件で求めてみました。まず,CIZをどのようにして求めるかを説明します。写真に示した冷水循環スーツを被験者に着せて運動させます。そうすると,体温が上がり,ある時点で発汗します。そこで発汗開始時の体温(=閾値)が分かりますので,運動を停止して安静にしてもらいます。冷水循環スーツにより徐々に体温が低下しますので,ある時点でふるえが発現します。つまり,ふるえが開始する体温(=閾値)が特定できます。これら閾値の間をCIZとして定義します。

 季節差と照明の影響の両方を検証したかったので被験者実験を繰り返しました。実験の詳細ですが,先程説明しましたように冷水循環スーツを着てもらい,最大運動負荷の50%の強度で運動をしてもらい,その間の直腸温,皮膚温,発汗量,酸素摂取量等々を測定しました。光源は5000Kのランプを使いました。水平面照度は1050lxと510lxの2水準としました。その結果を図に示します。夏期と冬期に実施しました。図の縦軸がCIZ,横軸が輝度です。明るさが2倍になるとCIZがほぼ倍になりますし,夏期と冬期のCIZを比べますと,冬期よりも夏期のほうが大きくなる結果を得ました。ついでに,赤色と青色の蛍光灯で照明した条件で実験しました。5000Kと比べますと,夏期はCIZが5000K,赤色,青色の順で狭くなり,冬期は逆に5000K,赤色,青色の順に広くなる傾向を確かめました。

 生理データを測定して結果が出るのはいいのですが,どのようなメカニズムが関連しているのかを説明できないと論文としてまとめることは難しいことです。この一連の研究の結果を説明するのには,やはり,交感神経,副交感神経の働きをモデル化するしかないと考えました。表にモデルを示しました。夏期は冷却に対し,5000Kでは交感神経の活動の低下し,赤色や青色の照明下では変化しないこと示した表です。一応,論文が掲載されましたのである程度は認めてもらったのかなと思います。

 体温調節に関する研究の紹介が一例のみでは申し訳ないので,もう一例を紹介します。皆さんもご存じの通り,右図は平均気温と温冷感の関係を示しており,34℃前後でちょうど良いと申告を得ます。では,その関係に日内変化はないのかという話になります。温冷感の日内変動に関する研究は少なく,左図に示したFangerらの研究論文しか見付かりませんでした。平均皮膚温が変わらなければ温冷感の日内変動はないという報告でした。これに疑問をもったわけです。決してFangerらの研究を疑ってしまう習慣からではありませんので悪しからず。

 温冷感の日内変動を検証するための研究の前に実施した先行研究の結果を示しています。右の図の横軸は時刻,縦軸は平均皮膚温です。白丸は28℃で気温が一定の平均皮膚温の変化です。平均皮膚温の変化が小さいことがわかります。右の図は温冷感の日内変化を示しています。28℃で気温が一定の条件では,朝方は“少し暖かい”と申告したのが,夕方には涼しい側に移行することを示唆しています。このことが温冷感の日内変動を検証する研究のきっかけでした。男女被験者を対象にして,相対湿度40%~80%までの5条件において,耳内温,皮膚温の継続測定に加え,朝,昼,夕方の酸素消費量や体重減少量などを測定しました。拘束時間が長いので,大変な実験でしたが被験者の協力がありました。男性の場合の結果をお見せします。湿度間では平均皮膚温に有意な差が見られましたが,日内変化については有意な変化ありませんでした。右の図は全身温冷感の日内変化を示しています。見て頂くと,やはり高相対湿度,特に80%では朝より夕方で温冷感申告値に有意な差が見られ,相対湿度が高いと日内変化が見られることを確かめました。では,それをきちんと説明できる仮説を立てなければいけないということで,皮下モデルで検討しました。これは学会長の高田先生達がお得意かもしれません。皮膚血流から熱が供給され,その熱が皮下組織を介して放散され,皮膚に到達して,さらに皮膚面から対流・放射で放熱される過程を示しています。図の右側が熱移動に関係する要素になります。温冷感に関わるのは皮下の受容器とそれらと関連する温冷覚になります。温冷覚に関しては深沢先生が一生懸命取り組んでいるようです。ここで仮説です。高湿条件では皮膚血流量が午後に低下すると仮定しました。その場合,皮下の温度も皮膚温も低温側に移動しますが,一方で高湿のおかげで皮膚水分量が増えると熱を含め物質移動が促進されます。そうすると皮膚温は変わらないけど皮下の温度分布は変わる可能性があると考えたわけです。そのような仮説を立てました。

 追加実験では男女7名ずつを対象とし,60%,70%,80%の3条件で実験をしました。温冷覚の測定もしました。結果を図に示します。平均皮膚温に日内変化は見られませんでした。ですが,先行実験で確かめたように,温冷感は午後になって涼しい側に移行しました。また,指尖血流量は午後から夕方にかけて低下しました。皮膚水分量は夕方にかけて少し増える傾向を示しました。

結果を見る限り,先程説明した仮説が何とか成り立ったと思いましたが,朝方にはなぜ起きないのかという理由も説明しないと論理破綻しますので,色々考えました。可能性として,皆さんもご存じの体温のモーニングライズの影響を考えました。朝方はサーカデイアンリズムに支配され体温が上昇します。そのことが高湿度の影響を抑え込むほど優位的なのだろうと考えたのです。午後になって体温が安定してから高湿度の影響が表出するのだろうと考えて,図に示しましたように,皮膚血流から熱をもらって皮膚まで伝導し放散しますが,午後になると皮膚血流が低下しますから,皮下の温度分布が波線のようにずれます。けれども皮膚水分量が上昇しますので,図のように戻ります。その結果,皮膚温は変わらず,皮下の温度分布は変わることになります。皮下の感覚受容器の位置にもよりますが,恐らく皮下の温度分布の変化の影響で温冷感の日内変化が観察できるのだろうと考察をしました。一応論文として掲載されています。

8.照明環境分野の研究

 少し時間が押していますので急いで話します。私が最後に照明の研究を紹介するところが,自分で言うのは変ですが面白いと思っています。図はご存じだと思いますが,Kruithofの快適照明範囲です。私の研究室に所属したゼミ生が,私は照明を専門としていないと言っても,どうしても照明をやりたい,Kruithofのチャートはおかしい,特に低色温度の範囲は信用できないと言うのです。その疑問に関しては,堀越先生の研究を含めた日本人研究者が低相関色温度でも快適な照度範囲は広い可能性を証明しているから,研究の必要はないだろうと説得しました。それでも納得しせず,何とか閾値を求めたいと言うのです。それで,仕方がなく研究テーマにしました。但し,閾値を特定するには実験方法を工夫しなければいけないということで,悩んだ末,照度をステップ変化させる方法を考えました。

 だいぶ時間が押してあと5分しかありません。手短に説明します。事前に心理反応で確かめた結果を参考に照度範囲を決めました。各相対色温度で閾値の上限付近と下限付近で照度をステップ変化させました。暗所視からステップ変化させました。図に示した実験のプロトコルでは,安静にして,暗所視から照度をステップ的に上げ,最大値になったらステップ的に下げる手順としました。心理反応による閾値に関しては,下限値は明るさ感で上限値はまぶしさ感の変化で特定しました。生理反応では脳波などを測定しました。脳波ではα波出現率等を閾値特定の参考にしました。生理反応から閾値をどのようにして決めたかを説明しますと,例えば心拍変動のHFとLFの比の場合,緊張が和らいだ時の変化を閾値と考えました。快適な条件を生理反応で特定する時に注意することは,快適な条件では生理反応が安定すると考えないことです。快適な条件に移行した時に一瞬反応が変化し,また元に戻る性質があります。暑い環境でずっと汗をかくという反応とは別だということです。生理反応から総合的に判断して閾値を提案しました。図に示しましたが,下限値はKruithofのチャートと変わらないけれども,やはり上限値は,特に低相関色温度の場合は高照度側になり,図の線で示した範囲が快適だろうという結果を得ました。

 まだ少し時間がありますので,紹介しますと,ただいま説明したのは三波長蛍光灯の結果なのですが,次の年に来たゼミ生が,前年度の卒業研究に触発され,「LEDをやらなければ駄目ですよね」と言うのです。LEDだと三波長蛍光灯と分光分布が違いますから,当然,違ってくるでしょうと言われれば否定できなかったので,同じ手法で実験をやりました。早口で申し訳ありませんが,結果を説明します。図に示しましたが,閾値に性差はありませんでした。よかったです。正直なところ,性差があったら考察するのはお手上げだったからです。結果を見て頂くと,図に示した波線が三波長蛍光灯で実線がLEDの閾値を回帰した線になります。低相関色温度ですと下限値に少し差が見られ,高色温度側でも見られました。これらの原因を考察しないと論文としてまとめられなかったため,色々考えました。Kruithofの快適範囲と比較した場合と三波長蛍光灯の閾値と比較した場合に分けて原因をまとめてみました。  仮説としてLEDの指向性の強さによる違いを考えました。つまり,三波長蛍光灯の閾値よりも低照度側に移行するだろうと考えたのですが,結果から判断すると棄却されました。その理由を考えました。実験結果では,LED照明時と三波長蛍光灯での照明時の輝度に違いが見られました。表に示しましたが,例えば,3400Kでは,LEDの場合は189cd/m2ですが,蛍光灯の場合は264cd/m2でした。この違いが反映されたのだろうと考察しました。さらに,3000Kの下限値の差が4000Kより大きいこと,5000Kの下限値が三波長蛍光灯の閾値よりも低い理由も考察しました。理由として2つ挙げました。低照度では暗所視の比視感度の影響が大きくなる可能性と5000Kに関しては相関色温度の違いにより明るさ感が変化した影響ではないかと考察しました。考察をまとめるのはかなり苦しかったのですが,思い切ってまとめるしかないと考え,照明関連の雑誌に論文を投稿し,掲載されました。初めての経験でしたが,掲載されたとたんに反論が掲載されました。反論に対する反論も投稿しましたが,私にとっては,初めて注目してもらったという感覚があり,うれしかった記憶があります。

 時間になりましたので,照明環境分野に関する研究を紹介して,終わらせて頂こうと思います。尻切れトンボで,あれという感じの方もおられるかもしれませんが,また機会があれば,お話しさせて頂きます。

私の場合,私立大学の教員でしたので,残念ながら,学位を取る学生を育てる機会がありませんでしたが,ゼミ生や修士の学生たちの協力で有意義な研究生活が送れたと思っています。この会場には1人もいないのですが,この場を借りて彼らにお礼したいと思います。それから,今日もコロナ禍とは言え,たくさんお集まりになって,多くの色々な研究が発表されていることは大変すばらしいことだと思っています。今後,ますます皆様のような方たちが増えてくることを期待しております。このことを,お伝えして終わりにしたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

質疑応答

(光田大会長) 垣鍔先生,ありがとうございました。

 それでは,せっかくの機会ですので,ご質問のある方は挙手をお願いしたいと思います。会場の高田先生,お願いします。

(高田学会長) 垣鍔先生,ご講演をありがとうございました。神戸大の高田です。最初,高圧環境の研究をされていた,潜水など極限的な人間の環境を研究されていたということで,先生の幅の広い,懐の深い研究の視野はそこから生まれたのかと,勝手に想像しながら聞かせていただきました。最初のシートピア計画に乗り込んでいかれたというか,入っていかれたのは,ものすごい勇気だと思うのですが,その勇気はどこからきたのでしょうか?というのが質問です。お願いします。

(垣鍔先生) 私が学部の4年生のときに所属した研究室で,そのような高圧環境の研究がテーマになっていましたので,それを楽しみにしてゼミ生になったのですが,フランスの冒険家のジャッククストーの本を見せられただけで,これはまずいなと思ったのです。だから,自分で何とかデータを取らないと,卒業できないと焦ったのです。一生懸命探したら,海洋科学技術センターの東京の事務所があって,そこに問い合わせたら,追浜にそのような施設があるから,無駄だと思うけれども行ってごらんなさいと言われました。国の研究機関ですから,飛び込んで頼んでも,いいよとは言ってくれませんでした。仕方がないので何回か通い,研究主幹の方と仲良くなって,卒業できないので頼みますという話をしたら,仕方がない,あなたがやりたいテーマを挙げてみなさいと言われ,色々と情報交換をした結果,それではやってごらんとなったわけです。それがなかったら,私の研究生活は始まっていなかったかもしれません。それだけではなくて,色々な人とのつながりがあったからこそここまで来たというところです。これは皆さんも同じだと思います。私もそのようなつながりで,ここまで来たということです。今のでよろしいですか。

(高田学会長) ありがとうございます。

(光田大会長) 他にいかがでしょうか。オンラインの都築先生,お願いします。

(都築先生) 関西大学の都築です。垣鍔先生,どうもご発表ありがとうございました。非常によく分かりました。今,一つお尋ねしたいことがあります。先ほどの閾値の話のときに,サーカディアンリズムの影響をすごく受けていることがよく分かったのですが,今,学生さんたちは寝る時間が10時,11時とかそういうレベルではなく,夜中の2時,3時に寝てというように,結構,本当にかなりの時間がシフトしています。ということは,このような閾値などもそのようなことを考えて研究しないといけないということになるのでしょうか。

(垣鍔先生) 閾値はどこのものでしょうか。照明ですか。

(都築先生) 湿度のところが,低湿になっていてもというところです。

(垣鍔先生) 私の場合は,被験者になってくれる人たちには,事前に,1週間前から生活パターンをちゃんと変えろと,12時に寝て,朝7時に起きなさいとしました。本人は分かりましたと言いますが,私は探偵のようにきちんとやっているかと調べることはしません。そのため,本人がやりましたという以上は1週間前からきちんとやって,食事もきちんと3食取ってということを,お母さんに頼んできちんとやりなさいと言ってやりました。そこが本当にやっていたかは保証の限りではないですが,我々のできる範囲はそこまでですので,それは一応やりました。

 ただ,今,言われたとおり,実際の生活がそこまでずれている人間たちのデータは取っていません。確かに,普通の生活を再現して,夜中2時,3時まで起きていて,昼まで寝ている人たちのデータも必要かもしれません。ただ,そのような人たちの朝のデータは取れませんよね。

(都築先生) そういうことですね。ですので,全部をシフトしていると考えないといけないのでしょうか。

(垣鍔先生) 色々難しいところがありますので,被験者実験の難しさでしょうか,その辺りはあります。今もコロナなど色々ありますから,なかなか被験者実験はやりにくいと思いますが,先生がた,これから努力してやっていただければと思っています。

(都築先生) ありがとうございます。

(光田大会長) 他にいかがでしょうか。それではオンラインから松原先生,お願いします。

(松原先生) 大変ご無沙汰しております。ご講演ありがとうございました。

 私と違って,垣鍔先生は生理にすごく大きなウエートをおきながら,一方で光色や光と温熱の複合影響など心理的なことも含めてご研究しておられます。生理のデータと心理のデータの対応をつけながらご研究されることで,お感じになっていたことがもしあれば,お聞きしたいと思います。

(垣鍔先生) 最初に私なりの人間-生活環境形分野の話をしたかというと,私は温熱が専門ですと言い続けられればいいと思ったのですが,実はそれだけでは結局,語りきれません。先ほども言いましたように,照明の影響もあれば,生気象的な影響もあれば,季節の影響など,色々なものがあって,自分でボーダーを引ききれないので,これも考えなければ,あれも考えなければというと,結果的にボーダーレスにならざるを得なくなったということです。

 例えば,光田先生のにおいの研究も,季節差がありますよね。温湿度の影響もありますよね。そうすると,においだけをと言っていられなくて,結局,温熱のこともちゃんと考慮しなければいけなくなってくると,自分はこの分野ですということが,むしろ難しくなります。そういった意味では,この学会の良さは,皆さんボーダーレスで,色々な方向から一つのテーマを考えなければいけないことに対して共通の認識を持った人たちがこのように集まってくるから,会員数が少なくてもこれだけ毎回100人も集まるのではないかと思います。これは一時期,私が会長をやっていたときに随分,焦って会員を増やさないといけないと,先生が会員増の対策をやっていたと思いますが,今では,そのような気持ちを共有する人たちが集まればいいと思っています。高田会長も言われていましたけれども,私もそこのところは同感だと思って,今日は高田会長の挨拶を聞いていました。ですので,皆さん,あれもやり,これもやりでいいのではないかと思います。答えになっていますか。

(松原先生) 私は先生のずっと後で会長をお引き受けしたのですが,先生が会長時代にされた成果がたくさん財産として残っていると,強く感じました。また,これまでにも,時々海外での研究活動のご経験をお聞きしていたのですが,改めて本日,お話をお聞きして,色々な写真も見せていただいて,本当に大変に勉強になりました。どうも本当にありがとうございました。

(光田大会長) まだまだご質問もあると思いますが,ちょうどお時間になってしまいました。垣鍔先生には,ご自身のプロフィール,それから研究をさかのぼっていただいて,そして,最後には熱環境,照明環境という形で,本当に幅広くご講演いただきました。今日ご参加いただいている学生の皆さんに特に刺激になったのではないかと思いますが,研究を進めるには自分で色々調査して飛び込んでいくという,一歩踏み出すことがやはり大事だと思いましたし,また,研究は色々な角度から見て進めていくものだということもご示唆いただいたと思います。垣鍔先生,誠にありがとうございました。改めて拍手をお願いします。

(了)