
種市 慎也(横浜国立大学)
待機児童問題が大きな社会問題であった頃、保育施設の量的拡充は最優先事項とされました。2001年には、近隣の公園などを園庭の代替場として認める措置が講じられ、園庭を持たない保育施設の開設が可能となりました(厚生労働省)。
2017年には日本全国で待機児童数が26,081人に達しましたが、2025年には2,254人まで減少しています(こども家庭庁)。社会問題とまで言われた時期の10分の1以下です。この数字だけを見れば、「保育の問題は改善された」と感じるかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?
保育施設の「量」の確保が進む一方で、子どもたちが長時間を過ごす空間の「質」には、依然として課題が残されています。都市部では、オフィスビルや商業施設の一室を利用した保育施設も少なくありません。こうした施設では、開口部が排煙窓のみの場合もあり、建物管理者の方針で日常的な窓開け換気が制限されることがあります。実際に横浜市では、「窓を開けられない」保育施設が一定数存在していました。
また、横浜市内で実施した中間季の実測調査では、CO₂濃度が高い施設が複数確認されました。このCO₂濃度は空気清浄度を示す代表的な指標であり、その値が高いことは換気が十分でないことを意味します。特に機械換気設備のみに依存している施設では、必要換気量を満たしていない事例もみられました。このような環境では、新型コロナウイルスなどの感染症パンデミック時に、感染拡大のリスクが高まることが懸念されます。さらに、窓が開けられない場合には、窓開け換気による一時的な対策も期待できません。
保育室は静的な居室ではありません。子どもは活発に動き、絶えず声を出し、身体を使います。これは保育者も同様です。その際の活動量は、換気設計で想定される安静状態よりも高く、当然ながら必要換気量も増加します。それにもかかわらず、保育施設の空気環境には明確な数値基準が整備されていないのが現状です(第29回コラム 参照)。
待機児童は確かに減りました。しかし、その空間は子どもたちにとって健やかな成育環境と言えるでしょうか。また、保育者にとっても安心して働ける労働環境でしょうか。この問いには、まだ十分な答えが示されていないように思います。
少子化が進む現在、保育を取り巻く状況も変化しつつあります。今後は、定員割れとなる施設が増える可能性も指摘されており、子どもや保育者が健やかに過ごせる環境の「質」が、保育施設の魅力として重要になっていくと考えられます。
成育環境の「量」から「質」へ
これからの保育環境に求められる視点は、まさにそこにあるのだと考えます。

【参考文献】
- 種市慎也, 田中稲子, 宮島光希, 松橋圭子 2023:中間季の換気行為に着目した都市部の保育施設における換気に関する研究, 日本建築学会環境系論文集, 88(806), 288/299.
- Taneichi, S., Tanaka, I. 2023: Study on ventilation issues in urban nursery facilities: Long-term field survey in Yokohama, Japan, E3S Web of Conferences, 396, 1/7.
- 種市慎也, 田中稲子, 松橋圭子, 宮島光希 2020:中間季の保育施設における換気の実態と室内環境に及ぼす影響 -横浜市の実測調査とアンケート調査に基づいて-, 第44回人間-生活環境系シンポジウム報告集, 85/88.
- 宮島光希, 田中稲子, 松橋圭子, 種市慎也 2020:都市部の保育施設の建築的特徴が保育者の窓開け行為と室内外環境評価に及ぼす影響に関する研究, 人間と生活環境, 27(2), 85/93.
イラスト:石松 丈佳(名古屋工業大学)、田代 翔馬(名古屋工業大学)