Vol.30 2023年7月
薩本弥生(横浜国立大学)
近年、夏季を中心に、熱中症による死亡が毎年多数報告され、地球温暖化やヒートアイランド現象の影響もあり、増加傾向にあります。熱中症と年齢や性別の傾向に関して10代男性においてはスポーツに起因するものが圧倒的です。中でも夏季の高温環境下でも長袖、長ズボン等で被覆面積の大きいウェアを着用するスポーツで暑熱障害の多発が報告されています。屋外では野球、屋内では剣道等の運動中に熱中症の発生率が高い現状です。
剣道では伝統的に綿の剣道着が主流です。一方、最近は吸水速乾性のポリエステルのウェアも開発されています。そこで著者ら1)は暑熱環境下の剣道の稽古における熱中症予防に適した剣道着を検討するため、通常着用されている綿の剣道着とポリエステル剣道着の二種類を対象とし、被験者実験を行い、着衣条件の違いが人体生理に与える温熱負荷を比較し、ポリエステルが綿よりも温熱負荷が小さいことを明らかにしました。
野球用のアンダーウェアについて田中と著者2)は綿とポリエステルのアンダーウェアを比較してポリエステルのインナーは発汗効率が高く、体温上昇度も綿素材よりも低く抑えられることを明らかにしました。
どうして素材の吸水速乾性のポリエステルの方が吸湿性、吸水性に優れた綿よりも温熱負荷が小さかったのでしょうか。その裏付けとなる実験結果を紹介します。
各々の模擬皮膚の上に肌着素材を乗せた状態の上に同量の模擬汗を滴下した時にどのように濡れ広がり、乾いていくのか、その濡れ面積をサーモグラフィで可視化し、経時変化をとらえ、同時に重量変化を計測して蒸発速度を計測して検証したところ、ポリエステルの方がより濡れ広がり、蒸発面積を稼ぐために乾きが早いということが明らかになりました(図2参照)。
運動後に綿のウェアを着たまま冷房下で過ごすと汗で身体が冷やされて後冷えによって風邪をひきやすくなるので要注意です(図3参照)。以上、熱中症予防に寄与する衣服素材の性質として吸水・速乾性がおよぼす影響について紹介しました。放熱に夏季の暑熱環境下でスポーツをして大量に汗をかくような状況では吸水速乾性の素材を活用するとよいでしょう。さらに着衣のデザインの工夫によるふいご作用による放熱促進も期待されます。その他、熱中症予防のためのe-learning教材を作成しました。こちらも参考にして衣服に関しては素材とデザインの工夫で暑い夏を乗り切りましょう。
熱中症予防のためのe-learning教材:熱中症予防にトライ!
【参考文献】
- 薩本弥生,川村友希,杉本千佳 2013:暑熱環境下で熱中症予防に適した剣道用稽古着の検討服装と熱中症,繊維製品消費科学会,54(3),20/30.
- 田中英登,薩本弥生 2005:野球選手の着衣条件から見た熱中症予防に関する研究(アンダーシャツ素材を中心に),デサントスポーツ科学,26,181/189.
- 薩本弥生,遊佐美穂、竹内正顯 2022:運動発汗時の肌着の熱水分移動,横浜国立大学教育学部紀要Ⅰ教育科学,118/124.
- 薩本弥生,中田いずみ 2014:暑熱環境時の熱中症予防のためのふいご促進スポーツウェアの評価,第36回人間-生活環境系シンポジウム報告集,339/342.
イラスト:石松 丈佳(名古屋工業大学)、久米 孝典(名古屋工業大学)